ECCジュニアのレッスンでは、よく自分の趣味やなりたいものなどに関してスピーチを子どもたちが考えて発表する、ということがあるのですが、特に男の子が言いがちなのがコレ。
I like to play video games.
I can play video games well.
I want Splatoon 2 for my birthday.
そう、ゲームがらみの事です。
わたしは女の子だったはずですが、ゲームが昔からほんとに大好きで、ゲームウォッチからファミコン、スーパーファミコン、セガサターン、ゲームボーイアドバンス…といつもなにかしらのコンシューマ機にどっぷりはまり、大人になってからはパソコンでのオンラインゲームに移行、そして現在はそんなにゲームに割く時間もないので携帯ゲームをやりつつたまにNintendo 3DSのソフトをやる、みたいな感じだったんですが。
今ゲーム業界は AR と VRという新しい分野が台頭していて 、大きな転機を迎えています。
まずは私たち日本人にとって耳慣れた言葉であろう、VRとは。
これは virtual reality の略で、よく日本では仮想現実と訳されます。近未来モノの映画などでは子どもたちがごっついゴーグルのようなヘッドセットをつけて、リモコンを持ってリビングでなにやら現実社会とは全く遮断された様子でゲームに没頭していて、お母さんが声をかけても返事もしない、みたいな様子が描かれているのを見ますが、いろんなヘッドセットが各社からすでに発売されています。
ただ、まだまだ開発中の分野で、どのヘッドセットが1番売れているのかというのもはっきりしないですし、いまだ市民権を得るに至っていないように思います。
私の周りにはまだやったことがあると言う人はいないのですが、私も機会があればやってみたいと思っています。都会の電気屋さんなんかにいくとプレイ出来るかもしれないですね、ただ最近フィジカルな電気屋にあまり行かないのでどこに行けば良いのかがわかりませんが。
VRの良いところは、ここに居ながらにして世界中を駆け巡ることが可能になること。
たとえば地理の勉強をするのに、本を読むだけではイメージとしてとらえにくいものを、VRで見ればずっと頭に入りやすいでしょうし、教育分野のソフトウェアで良いものが出てくれば可能性は無限大に広がるように思います。
反面、残虐性の高いゲームなどについては今までよりももっとリアルに殺戮を体感出来るようなものになる可能性もあるので、どこまで開発が進むのかそら恐ろしい気もしてしまいます。
これに対してARは、今まで家にこもってゲームをしていた人々を外に連れ出す可能性を秘めています。こちらは Augmented Reality の略で、拡張現実と訳されたりしています。
ARの代表格は言わずと知れた Pokemon Go, 具体的には、現実世界の公園や寺社などに、ゲームに欠かせない要所が設定されていて、プレイヤーはその場所を訪れないとポケモンを捕獲するのに必要なアイテムが手に入りません。
ゲームの中では家の中どころか、日本にいるだけでは手に入らないポケモンもいますので、それをきっかけに海外に行こうという人がいるかもしれませんし、ゲームと提携しているスポンサーにも要所があり、ゲームのために足繁く、たとえばマクドナルドに通う、という人も出てくるかもしれません。
ただ難点は、やれレアポケモンが出ただのなんだのといきなり現実世界に黒山の人だかりが出来る事がしばしばあり、ゲームをプレイしていない近隣住民にとっては何が起こったのかと驚かされる事にもつながりかねないという事などが挙げられます。
自宅に居ながらにして世界中を駆け巡ることが出来る(ような体験ができる)VRと、家から飛びなさなければ、現実世界に触れなければプレイ出来ないAR、どちらもそれぞれに大きく発展をとげていくのか、あるいはどちらかが廃れるのか。アップルのCEOであるティム・クック氏は、ARはスマホと同様の大きなアイディアだと語っています。
ARは果たしてスマホ同様、みんながあたりまえに享受するサーヴィスとしての存在となり得るのか。
それはわかりませんが、これがARだと意識せずにいつの間にかそれに動かされている、そういうものにはなり得るのかなとここ1年 Pokemon Go をプレイしてきた身としては感じます。
ええ、実際、動かされていますから(笑
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